北条早雲の名言



北条早雲(伊勢新九郎盛時)とは

戦国時代初期の武将で、関東の大名となった後北条氏の祖。


四公六民

北条家(当時は伊勢家)が実施した領地における税体系。

4割を税として徴収し、6割は領民の個人財産とする税率の定めです。

当時としては、他国に類を見ない税率の低さであったといわれています。


早雲寺殿廿一箇条(そううんじどのにじゅういっかじょう)

北条早雲が定めたと伝えられる北条家分国法です。

二十一ヵ条の教訓(家訓)として伝わります。

第一条(可信佛神事)

第一仏神を信じ申すべき事

神仏を敬い、信仰すること。

信仰は身の行いを慎ませるのに効果があると第四条でも記しています。


第二条(朝早可起事)

朝はいかにも早く起くべし。
遅く起ぬれば、召仕ふ者迄由断しつかはれず公私の用を欠くなり。
果たしては必ず主君にみかぎられ申すべしと深く慎むべし。

朝は早起きすること。

遅く目覚めると、家臣はもちろん召使いまでが公私混合するようになる。

その結果、主君は家臣に見限られることになるので、自戒するべきである。


第三条(夕早可寝事)

夕べには、五つ以前に寝しずまるべし、夜盗は必ず子丑の刻にしのび入る者なり。
宵に無用の長雑談、子丑に寝入り家財を取られ損亡す。
外聞しかるべからず。
宵にいたづらに焼すつる薪灯をとりをき、寅の刻に起行水拝みし、身の形儀をととのへ、
其日の用所妻子家来の者共に申し付け、さて六つ以前に出仕申べし。
古語には子にふし、寅に起きよと候えども、それは人により候。
すべて寅に起て得分あるべし。
辰巳の刻迄臥ては、主君の出仕奉公もならず、
又自分の用所もかく、何の謂かあらむ、日果むなしかるべし。

夕方は、八時頃には寝るべきである。

夜盗は必ず深夜に忍び入るものである。

夜遅くに無用の長雑談などして、遅く寝入ったりすれば、家財を取られることとなる。

朝は、午前四時に起き行水・礼拝して六時前には出仕せよ。

古語に、「午前0時に寝て午前4時には起きよ」と言っているが、そのようなことは人によって当てはまるのである。

常に午前四時に起きるのがよい。

辰巳(八時から十時まで)の刻までも寝ていたのでは、主人への出仕も叶わず、御奉公にも事欠くことになる。

また、自分の用事をもすることができず、全くつまらない次第であって、毎日暮らしているのも無駄なことである。


第四条(手水事)

手水を使わぬさきに、厠厠より厩庭門外まで見巡り、
先ず掃除すべき所をにあいの者にいい付け、手水を早く使うべし。
水はありものなればとて、ただうがい捨てるべからず。
家のうちなればとて、たかく声ばらひする事、人にはばからぬ体にて聞にくし、ひそかに使うべし。
天にかがまり地にぬきあしすという事あり。

顔をあらうまえに、いちおう家の中を見回り、掃除すべきところを命じること。

その後すばやく、静かに顔を洗うこと。


第五条(拝事)

拝みをする事の行いなり。
ただ心を直にやわらかに持ち、正直憲法にして上たるをば敬い、
下たるをば憐れみ、あるをばあるとし、なきをばなきとし、
ありのままなる心持ち、仏意、冥慮にもかなうと見えたり。
たとえ祈らずとも、この心持ちあらば、神明の加護之有るべし、
祈るとも心曲がらば、天道に離され申さんと慎むべし。

神仏をおがむこと。

それは身の行いを慎ませるのに効果がある。


第六条(刀衣裳事)

刀、衣裳、人のごとく結構に有るべしと思うべからず。
見苦しくなくばと心得て、なき者を借り求め、無力重なりなば、他人の嘲成べし。

服装はことさら飾り立てるな。

他人を見てあれと同じに良くしたいと思うな。

他人に見苦しい印象さえ与えなければそれで十分と心得よ。


第七条(結髪事)

出仕の時は申すに及ばず、或は少し煩所用これあり、
今日は宿所に在るべしと思ふうとも、髪をはやくゆうべし。
惚けたる体にて人々にみゆる事、慮外又つたなきこころなり。
我身に由断がちなれば、召仕う者までも其振舞程に嗜むべし。
同たふの人の尋来るにも、ととつきまわりて見ぐるしき事なり。

主人の所へ御出仕申し上げるときは無論のことだが、その他少々の用事があって今日は出仕せず宿所にいるのだがと思っても、とにかく髪を早く結わなくてはならぬ。

見苦しい格好をして人の面前へ出ることは、不作法で嗜みのない態度といわなくてはならない。

自身が油断がちであるならば、使用している召使いまでがすぐにそれを見習ってしまう。

他家の人たちが訪問してきた場合など、一家中でうろたえ騒いで、非常に見苦しいものである。


第八条(出仕事)

出仕の時、御前へ直に参るべからず。
御次に伺公して、諸朋輩の躰を見つくろい、扠御自通に罷出べし。
左様になければ、むなつく事あるべし。

城中へ出仕した時、すぐに主人の前へいくべきではない。

まず次の間に控えて他の同輩たちの様子をよく見てからまかり出よ。


第九条(受上意時事)

仰出さるる事あらば、遠くに伺候申たりども、先はやくあつと御返事を申し、
頓て御前に参り、御側へはいより、いかにも謹んで承るべし。
さて、罷出、御用を申調、御返事は有りのままに申上げるべし。
私の宏才を申すべからず、但又事により、此御返事は何と申し候わんと、
口味ある人の内儀を請けて申し上げるべし。
我とする事なかれということなり。

主人が何か言いつけたら離れた所に控えていても、その時はまず早く「はい」と返事をし、側へ寄って慎んで用事を聞け。

用事を果したなら、あったとおりのことを報告すること。

決して自分の才気をひけらかそうと大げさに言ってはならない。

また事の次第によっては、しかるべき人に相談してから報告せよ。

独断してはならない。


第十条(不可爲雑談虚笑事)

御通りにて物語などする人のあたりに居るべからず。
傍へよるべし。
況、我身雑談虚笑などしては上々の事は申すに及ばず。
傍輩にも心ある人には見限られべく候なり。

人目のある場所で、つまらぬ話をしている人間がいたら、近寄らずに避けて通れ。

まして自分も一緒に仲間に加わり雑談していては、心ある人々に見限られることとなる。


第十一条(諸事可任人事)

数多まじはりて事なかれということあり。
何事も人にまかすべき事なり。

様々なことを一人で背負い込んで、何もできぬのは愚かなことである。

しかるべき人間にまかせるべきである。


第十二条(讀書事)

少の隙あらば、物の文字のある物を懐中に入れ、常に人目を忍びて見るべし。
寝ても覚めても手なざれば、文字忘れる事あり。
書くことも同じき事。

わずかの時間でも暇があるならば、何かの本で文字の書き記されているのを懐中に入れておいて、人目を遠慮しながら読めばよいのである。

文字というものは、寝ても覚めても常に手慣れるようにせねば、すぐに忘れてしまうものだからである。

書くことならば、なおさらのことである。


第十三条(宿老祗候時禮義事)

宿老の方々御縁に伺候の時、腰を少々折りて手をつき通るべし。
はばからぬ体にて、あたりをふみならし通る事以の外の慮外なり。
諸侍いずれも慇懃にいたすべし。

老人の側を通るとき、腰を少し曲げ手をついて通れ。

遠慮なく足音高く通ると、思いがけぬしっぺ返しを受けることがある。

その他誰に対しても丁寧な態度をとれ。


第十四条(不可申虚言事)

上下万人に対し、一言半句にても虚言を申べからず。
かりそめにも有のままたるべし。
そらごと言つくれば、くせになりてせらるるなり。人に頓て見限らるべし。
人に糺され申ては一期の恥心得べきなり。

すべての人々に対して、言半句たりとも嘘を言うようなことがあってはならない。

いかなる場合でも、ありのままに申しのべることが大切である。

嘘を言っていると、それが習慣となって、ついには信用をも失うこととなる。

他人から聞き糺(ただ)されることは一生の恥と考えて、嘘は言わぬように心掛けなくてはならない。


第十五条(可学歌道事)

歌道なき人は無手に賤しき事なり。
学ぶべし。
常の出言に慎み有るべし。
一言にて人の胸中しらるるものなり。

和歌の心得が無いのは恥ずべきことである。

学ばなければいけない。

そして常に言葉を注意して使う習慣を養うべきである。

迂闊に一言で、心中の秘密をたちまち悟られてしまうことがある。


第十六条(乗馬事)

奉公のすきには馬を乗り習うべし。
下地を達者に乗り習いて用の手綱以下は稽古すべきなり。

御奉公(仕事)の合間には乗馬の稽古をせよ。

基礎を十分練習して、手綱のさばき具合やその他の妙技について、稽古を積んで習得すべきである。


第十七条(可撰朋友事)

よき友をもとめべきは手習学文の友なり。
悪友をのぞくべきは碁将棋笛尺八の友なり。
是はしらずとも恥にはならず、ただいたづらに光陰を送らむよりはとなり、
人の善悪みな友によるといふところなり。
三人行時、かならず我が師あり、その善者を撰びて是にしたがふ、
其よからざる者をば是をあらたむべし。

友を選ぶ場合、良友として求むべきは、手習いや学問の友である。

悪友として除くべきは、碁・将棋・笛・尺八などの遊び友だちである。

これらの遊びは知らなくても決して恥にはならず、空しい時間をいかにしてすごそうかと考えて行なうものといえる。


人の行ないの善悪などというものは、皆その友人によるといっても過言ではない。

三人人間が集まれば必ず一人は手本とするところを持っているものだ。

善い者を見習い、悪い者には従わぬようにすること。


第十八条(可修理四壁垣牆事)

すきありて宿に帰らば、厩面よりうらへまわり、四壁垣ね犬のくぐり所をふさぎこしらえさすべし。
下女つたなきものは軒を抜て焼、当座の事をあがない、後の事をしらず。
万事かくのごとく有るべきと深く心得べし。

帰宅した際には、裏手に回って垣根を塞ぐこと。

そのようなことができない者は、火事を起こしては当面のことを悔やみ、後のことを心配しない。

全てのことは、事前に対策するべきである。


第十九条(門事)

夕べは六ツ時に門をはたとたて、人の出入により開けさすべし。
左様になくしては、由断にこれ有り、かならず悪事出来すべきなり。

夕方になったならば、午後六時には門をぴったりと閉ざしてしまって、人が出入りをする場合だけ開くようにさせるがよい。

そのようにさせなくては、やがては必ず何かの悪事がひき起こってくるものである。


第二十条(火事用事)

夕べには、台所中居の火の廻り我とみまわり、かたく申し付け、
其外類火の用心をくせになして、毎夜申し付けるべし。
女房は高きも、賤しきも、左様の心持ちなく、家財衣裳を取りちらし、
由断多きことなり。
人を召し仕う候えども、万事を人に斗申し付けるべきとおもわず、
我とてずからして、様体をしり、後には人にさするもよきと心得べきなり。

夕刻には、台所や茶の間その他の火の置いてある場所を自分で見回って、火の用心を家人に対してかたく申し付けておかなくてはならぬ。

また、よそから火が出た場合、類火にならぬようにつねに注意することを毎夜のように申し付けて、習慣にさせなくてはならぬ。

女房というものは、育ちにかかわらず、そのような注意はなく、家財道具や衣裳などを取り散らかして油断しがちなものである。

例え、多くの者を召使っていても、すべての事柄を人に申し付けるのが当り前だと考えないべきではない。

自分自身でまずやってみて、十分に様子を知り抜いた上で、人にやらせてもよいか考えなくてはならぬ。


第二十一条(文武弓馬道事)

文武弓馬の道は常なり。
記すにおよばず、文を左にして武を右にするは古の法、兼て備へずんば有べからず。

文武弓馬の事については、武士たる以上、常の道である。

特に書き記すまでもない次第でが、文を左にし武を右にするのは、古から伝わっている武士の道であり、兼ねそなえなくてはならぬものである。



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